近ごろ、ブログを日本語で書くか英語で書くか、または両方で書くか悩み、結局書かずに終わっている日もあるくらいなのですが、友人に「その日の気分でいいんじゃないの」と気軽に言ってもらったことで、なんだか許される気持ちになって今日は日本語で書いています。

 

連休は金沢に行ってきました。人生で2度目。前回は子供のころの家族旅行で、もう少なくとも20年は前です。今回驚いたのは、街の印象がまったく違うことです。

 

その話はまた別のときにするとして、金沢でふらりと入った古本屋で巡りあった、2冊の暮しの手帖を紹介します。

DSC_0715やっぱり東京ではもうとうの昔に消え失せてしまったか、もしくは高価で買えなくなってしまった類いのものが、金沢ではまだ存在していて、そして驚くべき価格で買えることに感動しました。たとえば、左の1972年版。300円。右は1954年(!)で800円。ホチキス止めしてあったはずなのに、ホチキスがどこにも見当たりません。鉄がさびて無くなっちゃったんだろうか。不思議。

 

暮しの手帖、中身は今のものも好きですが、表紙は圧倒的に花森時代のほうがステキ。

 

そして、記事は文化人類学的に非常に興味深いものばかりです。「もしもレインコートをお買いになるなら」。いまどきこんな言葉遣いで記事を書く雑誌が存在するでしょうか。

 

1954年版の冒頭の記事は、「ふきん」について。なんと見知らぬ家庭を50軒、ある朝突然訪問して、使ったばかりのふきんを3枚ずつ貰い受けてきた、というところから始まります。それをそれぞれ3つに切り分けて別な乾かしかたをし、雑菌や大腸菌の量を研究室で調べ。「ふきんは1度使ったら洗濯して、太陽光で殺菌するべき、台所にふきん掛けは要りません」という結論に達しています。それから、25種類ほどのふきんでお皿を各3200枚拭き、途中4枚ごとに洗濯を繰り返し、「半年丈夫に使えるふきんを特定。」

最後に、様々な種類の素材から理想のふきんの素材配合を決定し、試作品づくり。

 

ここまでが1つの記事。とにかく、1号作るのにかけている時間と執念が違います。そして、自分が食器をいつも自然乾燥しているのは怠惰過ぎるのだろうか、とふと思う。

 

それから、文字の分量が圧倒的に多い。テレビがそれほど普及していない時代ですから文字文化のウェイトが高かったのでしょうが、日本人もかつては文章を読む人種だったのだ、と再認識しました。
DSC_0716
これは1972年の号の冒頭。

同じくらいの古さの暮しの手帖は何冊かあったのですが、このグラッフィックの格好良さに、この号を選びました。
DSC_0717
延々10ページくらいに渡り、いかにモノを大切にしなければいけないかが詩のかたちで綴られているのですが、とくに心に残るのは「企業家よ」から始まる部分。
DSC_0718

「企業家よ

あなたのこころのなかから 急速に失われていったものを知っているか

それは<誇り>だ

じぶんの手で作り出したもの じぶんの頭で考えついたもの それへの誇りだ

あなたは ぼくらに どうしたら飛びつかせるか どうしたら 一度飛びついたものを捨てさせて

またべつなものに飛びつかせるか それだけを考えている

あなたは あのテレビのコマーシャルの中でさえ じぶんの作ったものを もうじまんしようとはしない

あなたの心は 泥で作った金銭登録機になった

。。(中略)。。

 

ぼくら ついうかうかと

言いなりになって

買っては 捨てていたのだ

捨てていたのは 物のつもりだった

危ないところだった 捨てていたのは 捨てさせられようとしていたのは

じつは こころだった

でも まだ間に合いそうだ

みなさん 物をたいせつに (花森安治)」

 

これが書かれたのは40年前。私達はどれだけ心を捨てちゃったのでしょうか?