こんばんは。★

今日はどうも納得できない出来事の連続で、なんだかもやっとしたものを抱えたまま、週末ご飯を食べなさすぎてお腹が空いていたので、お腹いっぱいタイ料理を食べて帰宅しました。そして、タイ料理がイマイチだった。

こんな日はキャンドルとブログにかぎります。

 

 

今月号のCourierを読んでいたら「チーム」について書いている良い記事があって、少し有頂天になりました。「世界的に成功している企業には、じつは創業者が2人いることが多い」。それから「チームを成り立たせる重要な条件として、メンバーが互いの弱みを知っていることがある」とも。
これって私たちのこと?なんてね。

何故この話しを思い出したかと言えば、自分の弱みを知っていること、自分に出来ることと出来ないことをチームに最初からオープンにすること、が最近とても重要だと思えるからです。もちろん「自分に出来ないことをオープンにする」ということは、自分を卑下したり、ちょっと頑張れば出来ることを簡単に出来ないと言うこととは違います。

この「自分の立ち位置を明確にする」ということは、自分に欠如している部分を学ぼうという姿勢の現れでもあるし、チームのリーダーの視点からはチームの総力を客観的に把握し、足りない部分は他の人員で補うというアクションが取れるという意味で重要なことだと思う。

そして、日本人は何故かこれが苦手らしい。女性は本当はできることも「わたしなんかじゃ」という傾向があるし、男性は自分の能力の限界について明らかにすることを想定もしていないらしい。これではいいチームは出来ないのではないかと思うのです。

なんて、気難しいことが書きたかった訳じゃないんですが。

 

 

普段忙しすぎてじっくり考えるのは止めているものの、自分の居るべき場所、一緒に居るべき仲間、やるべきこと、見るべき景色、と日常のリアリティが、遊園地の巨大ブランコが猛スピードで揺れるようにぐわっと近づいたかと思えば、またぐわっと遠ざかり、遠ざかったままネジが切れてそのまま飛ばされていってしまうのではないか、そんな恐怖がふつふつと湧いてくる日もあって。

今日は、心の拠り所が冬至の太陽のように遠ざかって、そのまま光りがフェイドアウトしちゃうのではないかという日でした。

わたしはここで何をしているのだろうか。

 

 

まあ、そんな日もあるということで。

子供の頃から思っているんですけど、この世とは平行に走った別な世界があって、そこでもう1人のわたしが、わたしのやりたかったことをやっているのではないかという。そんな気がしているのです、いつも。そんな風に思うこと、ありませんか?

わたしの見ている世界はいつもこの世にはまだ存在していなくて、若い頃にはそれがフラストレーションだったんですけど、次第に歳を取るにつれ、その世界を現実にできるようになっているような気がする。そうして生きていきたいと思う。それにすべての時間が使えたら幸せだな。

そして今思い出した、良く前の上司に言われた言葉。You can’t fix all the problem in the world.  そうなんだけどね。