http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090716/200265/
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今日は動物の名前が入ったイディオムを2つ。両方とも人の様子を表現するフレーズです。 べつにクイズ番組ではないので、普通に答えを書きます^^ pig-headed: mean (with money)食べ物ではなく、お金に意地汚いっていう感じですね。豚に小判?中国の金色の豚とおんなじイメージ? hen-pecked: (of a man) always being told what to do by his wife and afraid to disagree with her雌鳥に嘴でつつかれている雄鶏。。。どこの国でもおんなじですね(笑) 今日はこんな感じで。このペースで行けば3ヶ月で終わるかな。
最初のイディオム。まずはDescribing Peopleというセクションからです。 Full of Beans下のどれだと思いますか?a. very livelyb. proud, conceited, thinking you are better than othersc. very relaxed, not seeming to be worried about anything 12個ある選択肢から消去法でいってわたしはaだと思ったのですが、なんとbでした。悪い意味なんですね。
読み終わりました。そこまでの本でもないですが、いろいろと気づきもありました。 このところかなり関心をもって考えているテーマは、どうやって情報を絞り込むか?ということです。また、埋もれてしまう情報をどうやって整理するか?というのも関連してあります。 最近また新聞を取り始めましたが、正直言って読むのがつらい。社会人なんだから政治欄や経済欄をせめて読もう、と時々に気合いを入れます。でもつらい。新聞が分厚すぎて持ち運ぶのも面倒だし、電車で広げるのも面倒なので鞄から出すのがおっくうだし、会社に行くとなんだかんだ仕事が立て込んでいてすぐ夕方になってしまうし。家は玄関の外にポストがあるので、通勤のときに新聞を取っています。もちろん、いつもより30分早く起きて家で読むのがベストなのですが。でも、そもそも、あんなにページ必要なのかな?それが世の中に何十誌もあるのかと思うと、その文字の量と毎日捨てられる紙の量に圧倒されてしまって、頭がぼーっとなってきます。一日読まないとそれがさらに溜まってしまって、ますますぼーっとしてしまいます。新聞だけではなく、雑誌も、仕事関係のニュースクリップも、とにかく凄い量です。最低限読むだけでも結構時間を取られて、自分の好きな読書をする時間がかなり削られます。 加えて、今ではブログもあるし、ソーシャルネットワークもあるし、Twitterもあるし。。。もちろんメールもあるし。テレビのニュースやコマーシャルまで加えたら、私たちの頭の中で処理しなければならない情報量は膨大になります。最近、こういった総てのことにとても疲れ、うんざりしています。 外山さんの本を読むと、かつてはどうやって情報を集めるかに苦心していた様子が分かります。そのうえで、折角集めた情報を埋もれさせずに、現代のようなPCの検索機能なしにいかに引き出すか工夫していた苦労が分かります。この辺は別に全然参考になる話ではないのですが、ただ、20年ほど前までは情報は得難く、吟味され、そして得られた情報は大切に扱われ、記憶され、なんども復唱され、人の人生に影響を与えていたのだな、と思いました。今はほぼすべての点についてその逆だと思います。新聞や雑誌、他の人の書いたものを読んでいても、誤字脱字は多いし内容もきちんと吟味されていないものも多い。良いコンテンツを探すのが大変になって、その探索コストがわたしに重たくのしかかっている気がしてなりません。日経新聞も自分の会社や自分が関わっている業界の話の部分を読んでみるとよくわかりますが、情報が薄っぺらく往々にして間違いもあります。それだったら、新聞も週に1回でもいいのではないかと思ってしまうのです。 脱線してしまいましたが、外山さんの本を読んで心がけようと思ったのは、やはり忘れないようにコマメにノートを取ること、思いついたことをすぐには人に喋らないこと(これについては現代的ではない気もして色々と思うところもあるのですが)、自分が書いたものを吟味すること(エディットする、音読して精査する、などなど)などです。特に新しいこともありませんが、わたしにとって気づきもありました。
いつも不思議に思うのです。世の中には普通の人が何気なく作ったものもあれば、時間を経て必然的にできたかたちもあり、それがシンプルで美しいというものが沢山あります。一方でデザイナーと呼ばれる人たちが、たとえば豆腐のような箱をデザインしていたりもします。これはデザインというのか? 手持ちの器にピッタリのかたちと大きさで豆腐をまったく崩れもなく切って盛れる料理人がいたとして、これはデザインなのか?これは美しい所作やセンスであって、デザインではないと思う。 また一方で、わたしたちが日常のなかで作ったり使ったり、長い時間をかけて形作られて来たものをリクリエイトするのは、これは自分の中に何もなくて、外に出たくてモヤモヤと煮えたつエネルギーが無い人の作業のような気がするのです。シンプルで美しいものは好きですが、真っ白でつるつるのものを沢山作って良いデザインと言っている人たちにたいし、どこか違和感があります。 それよりは、バルセロナの街の、足のウラまで隙間なく模様で埋め尽くされているさまのほうが、よっぽどオシャレだと思う。アノニマスな大勢のエネルギーが詰まっています。
申し込んでいたのに行かれなくなった上司の代わりに、Web Directionというインターネットを使ったマーケティングに関するカンファレンスに行ってきました。超シニアな上司が行こうとしていたくらいなので、とても年齢層高めの会議で浮くんじゃないかと思っていたのが、行ってみたら全体的にみんな若くて拍子抜け。朝から夕方まで丸一日の会議にもかかわらず退屈せず、いやむしろ色々と刺激されて帰ってきました。 内容についてはまた書こうかなとも思っているので、ここでは感想だけ。 1. Macユーザーの多さに驚いた:というか、Windowsパソコン持っている人は見かけませんでした。ウェブデザインをやっている人が多かったから当然か。iPhoneも当然のように。 2. Twitterをやっている人の多さに驚いた:なので私も試しに再度チャレンジすることにしました 3. 自分のMacを持って行ったので、メモ代わりにGoogle Documentを使いました。これの便利さに改めて気づいて驚きました。今ではテンプレートも沢山あって、例えばレシピとか、簡単に作れちゃうのね。知らなかった。ますますGoogleが使えない会社のシステムが嫌になってきた。会社に自分のMacを持って行って仕事したい。。。そう思ったらMac Airが欲しくなってきました。 4. でもって、Networkパソコンとかそんなのが最近流行だとも聞くんだけど、むしろMac Airみたいに画面は大きく薄くて軽い方が、実際に仕事でバリバリ使う人にはいいんじゃないかと改めて思いました。やっぱり画面が小さいのってどうなんだろう。画素数の問題だとは言うけど、でもわたしはやっぱり小さいiPhoneのスクリーンで色々見たいとはあんまり思わないなあ。不便だもん。 5. 一日話を聞いていたらちょっとワクワクしてきて、また自分でビジネスをやりたい気もしてきました。会社に雇われている方が100倍楽だけど。でもサラリーマンだと好きな働き方もできず、会社の効率の悪さや無駄にも付き合わざるをえず、自分が前に進みたいのにものすごく重たいものを引きずって歩いているような気もして、複雑な気持ちです。
文章というものには良いものとそうでないものとあるな、と初めて感じたのは中一のときです。このブログも時々見ていてくれているらしい同級生の書いた作文がとても良くて、あ、こんな普通なことも面白く素敵に書くことができるんだ、と感心したのを覚えています。二度目は高一のときで、やはりクラスメートの書いた文章でした。高校になると有名な随筆や小説の一文などを読んだり解釈させられたり、という機会が増えますが、私にとっては身近な人の書いた一文にハッとさせられることのほうが多かったと思います。先日ブログで予告したとおり、堺雅人さんの「文」という本を入手して今朝読み始めました。正直、本を買ったときに何を期待していたのか自分でも分からないのですが、まだ4ページしか読んでいないのにすっかり魅了されてしまいました。堺さんが2004年あたりから雑誌で連載していた原稿用紙4枚分の「文」が4~5年分まとめられている、とてもシンプルな本です。文字数を原稿用紙4枚分に合わせようとしているせいか妙な言葉が平仮名になっているのが少し気になるものの、とても読みやすい。この人自身がとても本好きなんだろうな、と思わせる味のある文章です。役者という仕事と作家という仕事、結構似ているのかもしれないな、と思いました。観客をふっと別な世界に連れて行く、という点で。あとがきを読み、前書きを読み、はっと気がつくと電車を乗り過ごしそうになっていました。気がついたら堺さんが演劇を始めたという高一の春にタイムスリップしていて、そのうち自分の高校時代の校舎の光の様子や匂いなどを思い出し、ふと目を上げるともう駅でした。コンサルに転職して以来、意識してビジネス書を読むようにしているせいか、最近文学や随筆を読む機会が減りました。ビジネス書や実用書って情報を頭に流し込んでいるようなかたちで、良い文章かどうかなんて誰も気にしないし翻訳が最悪でも有名な本ならみんな我慢して読むし、ひとことで言えば文章なんてどうでもいい。そのうちに良い文章を書くということを意識しなくなっていた自分に気がつきました。私は元来かなり文章を書くということが好きで、今は誰もおぼえていないと思いますが、高校のときは文学部で短い文章を書いてみたこともありました。編集の仕事をしていたときには、文章の書き方についてかなり勉強をした気がします(ほとんど忘れちゃったけど)。肝心の、何が良い文章なのかという点については、私は言葉遣いとリズム、つまり句読点だと思います。こちらは技術の面。もちろん、どのような内容をどう表現するかというクリエイティビティの側面もあります。ただ、小説や随筆などのクリエイティビティを発揮できる文章もあれば、シンプルに事実を分かりやすく伝えたほうが良い報道や学問書もあるので、クリエイティビティは必須の評価項目ではないと考えています。そんなことをだらだらと書いてみましたが、つまり、まとまった文章を書く機会を自分も設けたいと思ったのでした。例えば、月に2回きちんとした随筆を書くとか。これも訓練次第なんだろうな。今なにか新しいことを始めてみたい機運が高まっているので、これもTo Doリストに入れてみようかと思います。 余談ですが、先日堺さんの映画のレビューを書いたとたん、ブログのアクセスが増えました。隠れファンが実は凄く多いのかも。
先日本屋さんに行ってこんな本を見つけました。ベニシアのハーブ便り ― 京都・大原の古民家暮らし Venetia’s Ohara Herb Diary今すっかりこれにハマっていて、日夜時間を見つけては読んでいます。イギリスの貴族階級に生まれてスゴイお屋敷に育ったベネシアさんですが、あるときそんな人生に疑問を覚えてインドへと旅立ったそうです。そして20代のうちに日本へ漂着。京都に住んで35年という方です。今のだんな様と結婚されてからは、大原の古い農家の屋敷を自ら改築して、お庭でハーブを沢山育てて自然派な生活をされています。この本は1年を通じたそんな生活振りを、ご主人で写真家の正さんのすばらしい写真を交えて紹介しています。本にすっかり感化され、アロマオイルやハーブにもっと親しんだ生活がしたいと思う今日この頃。もともと興味はあったのですが、いま急激に知識を吸収しているところです。アロマオイルも色々買おうと思っています。今までマッサージ以外でどう使っていいか良くわからなかったのが、この本に出会って実践の仕方を学んだ気がします。昨日早速試してみたのがドクダミ茶。わたしは子供のころから体が弱かったため、母が様々なものを試してくれて、ドクダミやビワ茶なども一通り飲んでいました。でも自分で買うのは初めて。ベネシアさんの本にあるとおり、ミントと一緒に煮出すとスンナリ飲めます。ちょうど家に、海外で買って来たハズレのミントティーがあった!朝からコップ3倍くらいあっという間に飲みました。これは続けられそう。また色々と試してみたら報告します。 P.S.ちなみに、ヨーロッパに行ったらスーパーで必ず買ってくるのはハーブティーです。日本では考えられない驚くべき価格で、様々な種類が手に入ります。ミントなら20パック入りで150円とか。。。でも前回パリで買ったものはハズレでした。。。もう1年以上前、やっとこれで飲みきることが出来ます~(もう賞味期限過ぎてる?)
ようやく雨が降り始めた。 週末、映画の天使と悪魔を見てしまった。本はまだ途中。非常にもったいないことをした。明らかに本で読んだ方がよかった。ただ、ローマのロケはスゴいので、映画も一見の価値あり。 自転車で銀座に行った。目的はブルックスブラザーズのセール。確かにセール会場って玉石混在しているけれど、こんな質のいいものの中からわざわざセンスの悪いものを選ぶ人がいるものだ。H&Mは相変わらず大混雑、あんな中で買い物が出来る人が信じられない。3000円余計に払っても、空いているZARAやバナリパで買い物する方を選ぶ。自転車はまだ捜索中。ますます欲しい。 Esquireが休刊と聞いて、ツタヤに行ったらバックナンバーが沢山並んでいたので大人買い。加えて、久々にとても大事にしたくなる本を見つけた。いつか読み終わったら紹介するつもり。それにしても、わたしがPenの次に愛する雑誌がそんなにマイナーだったとは。広告が2つしか入らないa+uだってちゃんと利益出ていたのに、Esquireは何で休刊になったんだろう。 デカプリオのWorld of Liesを見た。結構つまらなかった。 最近悟ったこと。自分の欲しい生活は東京では手に入らないということ。麻布がいいとか広尾がいいとか世田谷がいいとか、そんなセセコマしいレベルの問題ではない。東京は美しくない。 今学期最後のフランス語の授業に初めて参加した。みんな微妙に髪型が変わっていた。先生の話す内容は分かるのに、教科書はさっぱり分からない。このままだと完全に落ちこぼれる気がした。 アメリカン・アイドルが終わってしまった。最終回、アコースティック系のクリスが優勝したけど、明らかにグラムロックのアダムの方が上手い。二人でQueenの曲をデュエットしたら、Queenのメンバーが目を見張るほど声が出るアダムに対して、クリスは全然声が出ていなかった。アメリカ人ってやっぱり保守的で、爪を黒く塗っているような若者を選ぶくらいなら平凡がいい、ということなのかな。
There are a kind of people who always feel that they don’t belong to where they are. Always feel that they are outsiders, feel themselves awkward, and do not have a clue how to fit in. I am one of those people. Schools, work, I never really felt myself being in the right place. Perhaps the only time I felt close-to-right was when I was in High School and in Davis. Elementary school – I was sick and weak. Middle school – I transferred schools and disregarded rules. College – I was sick again, besides I was very disappointed by the quality of education, and by how the real-world was forming. Graduate school – I was shocked that people are so authoritative and aristocratic. …